支部通信第9.5号

東日本支部特別例会 要旨および傍聴記

 

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東日本支部 特別例会 (共催 明治学院大学、日本アルバン・ベルク協会)

 日時:2012519() 午後2時〜5

 場所:明治学院大学 白金校舎 パレットゾーン2階 アートホール

 (〒108-8636 港区白金台1-2-37

 司会:樋口 隆一(明治学院大学)

 通訳:川本 聡胤(フェリス女学院大学)

 

第1部

<講演>「ケージの対位法/シェーンベルクの対位法」

  講演者:セヴリン・ネフ(ノース・キャロライナ大学特別教授)

<講演要旨>

Point/Counterpoint: John Cage Studies with Arnold Schoenberg

Severine Neff

John Cage studied with Arnold Schoenberg for virtually two years, from 18 March 1935 until January of 1937. However, Cage did not immediately dismiss Schoenberg’s ideas; as he asserted decades later, “In all of my pieces between 1935 and 1940, I had Schoenberg’s lessons in mind.” This essay focuses on Schoenberg’s unique methods of teaching counterpoint in the courses Cage attended: species using only one cantus, polymorphous canon, pre-compositional manipulation of contrapuntal combinations, and the analysis of a composition written specifically for teaching American students, The Suite in G (in Ancient Style) for String Orchestra (1934). I argue that Schoenberg’s notions of tonal counterpoint and the first movement of his Suite had strong impact on Cage’s handling of the fugue in his Second Construction in Metal, completed in January 1940, which he ultimately described as a “poor piece,” too influenced by “theory and education.”

 

 

<講演者略歴>

コロンビア大学で音楽の学士号(1971年)、イェール大学で音楽理論修士号(1972年)、プリンストン大学で美術修士号(1974年)、同大学で音楽理論博士号(1979年)をそれぞれ取得。米国各地の大学で教鞭をとった後、1995年からノース・キャロライナ大学チャペル・ヒル校で音楽理論教授。現在はユージーン・フォーク特別教授。20世紀音楽を専門とし、特にシェーンベルク研究の世界的権威の一人として、ウィーンのシェーンベルク・センターでも活躍。弦楽四重奏曲第2番の批判版(ノートン社から刊行)、およびファクシミリ版(近刊)の編集を行う。アメリカ音楽理論協会の公式機関誌『Music Theory Spectrum』の前編集長。現在は対位法の諸理論と歴史に関する書物を編纂中。

 

主要出版物(本のみ)

Schoenberg on Counterpoint: Forty Years of Teachings and Writings (近刊)

 

The Autograph of Schoenberg's String Quartet in F# Minor, Opus 10. Madison(近刊)

 

The Musical Idea and the Logic, Technique, and Art of Its Presentation by Arnold Schoenberg, Ed./Trans. with Patricia Carpenter. 3rd ed. Trans. Liu Shu. Beijing: Central Conservatory of Music. 2010.

 

The Musical Idea and the Logic, Technique, and Art of Its Presentation by Arnold Schoenberg, Ed./Trans. with Patricia Carpenter. 2nd ed. Bloomington: Indiana University Press. 2006.

 

String Quartet in F# Minor, Opus 10 by Arnold Schoenberg: A Norton Critical Score. New York: W. W. Norton & Co. 2006.

 

The Musical Idea and the Logic, Technique, and Art of Its Presentation by Arnold Schoenberg, Ed./Trans. with Patricia Carpenter. 1st ed. New York: Columbia University Press.  1995.

 

Coherence, Counterpoint, Instrumentation, Instruction in Form/Zusammenhang, Kontrapunkt, Instrumentation, Instruction in Form by Arnold Schoenberg Trans. with Charlotte M. Cross. Lincoln and London: The University of Nebraska Press. 1994.

その他のネフ教授の出版物および経歴については、以下を参照。

http://music.unc.edu/faculty-staff/severine-neff

 

 

 

 

第2部

<パネル・ディスカッション>

「シェーンベルクとアメリカ」

  パネリスト:セヴリン・ネフ

        ジョエル・フェイギン(カリフォルニア大学)

        佐野 光司

        石田 一志

        沼野 雄司 (桐朋学園大学)

        川本 聡胤 (フェリス女学院大学)

 

第2部のパネル・ディスカッションでは、第1部におけるネフ教授の講演を手がかりに、まずは各パネリストが、それぞれのご専門の立ち場から、話題を提供します。そして、広く「シェーンベルクとアメリカ」に関するディスカッションを行います。ディスカッションには、ネフ教授ご自身にも加わっていただきます。そしてフロアからの活発な発言を受け付けます。

 

 

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傍聴記(執筆:高橋智子)

 この日の特別例会は、日本アルバン・ベルク協会と日本音楽学会との共催で行われた。前半はシェーンベルク研究の世界的権威として積極的な研究活動を展開している、ノース・キャロライナ大学チャペル・ヒル校教授のセヴリン・ネフ氏の講演。後半はカリフォルニア大学のジョエル・フェイギン氏らを迎えてのパネル・ディスカッション。最先端の、しかも近年その重要性が指摘されているアメリカ時代のシェーンベルク研究をめぐる企画だけあって、会場には熱心な音楽学研究者や音楽ファンが集まった。

 ネフ氏の講演「ケージの対位法/シェーンベルクの対位法」は193435年にケージとA.ワイス(シェーンベルク直系の弟子で、アメリカ人として初めて12音技法で作曲した人物)との往復書簡を手がかりに、ケージがシェーンベルクから受けた対位法レッスンの様子を明らかにして行くことから始まった。その頃、既に12音技法を確立していたシェーンベルクだが、大学での授業やプライヴェート・レッスンではあくまでも西洋音楽の伝統的書法を重んじており、自身の音楽語法には言及しなかった。彼の理論書がいずれも調性や和声法に焦点を当てたものだということからも、このことは明白だ。こうした伝統重視のシェーンベルクの教授法に対して、音楽の道を本格的に志したケージは少々がっかりしつつも、師シェーンベルクの高度な技術に圧倒され、またその教授法が極めて的確であることなどをワイスへの手紙で報告していたようだ。ネフ氏の丁寧な一次資料の分析によって、ケージとシェーンベルクという20世紀音楽の二大巨頭それぞれの歴史観の違いが浮き彫りになった。禅やインド哲学の他、デュシャンの思想と実践、つまりダダやシュルレアリスムといったヨーロッパ発の美学にも傾倒していたケージだが、シェーンベルクの徒弟時代は因襲打破を目論みながらも、来る日も来る日も対位法の課題を解き、朱を入れられていたようだ。今までほとんど公開されていないケージの対位法ノートもスライドで提示された。これは非常に興味深い資料だ。

 講演の後半はケージの《Second Construction (in Metal)(1940)などの楽曲分析を中心とした考察が進められた。シェーンベルクから学んだフーガの技法を、あえて音高のない打楽器に応用したこの曲は、シェーンベルクの《Suite in G (in Ancient Style)(1934)の影響が大きいことが指摘された。その詳細の説明は本稿字数の都合上、割愛するが、この二つの楽曲にはフーガによる秩序がそれぞれ違ったかたちで現われていることが挙げられる。ケージは平方根構造によって、シェーンベルクは音高操作によって、音楽になんらかの秩序を与えた。シェーンベルクの音列作法による楽曲と、1940年代のケージの楽曲との類似点および共通点は以前から指摘されてきたが、ネフ氏の明快かつ鋭い分析が改めてこのことを再確認させてくれた。この講演はまとめられ、近刊予定とのことだ。ネフ氏の論文刊行に関する情報はhttp://music.unc.edu/faculty-staff/severine-neffを参照されたい。また、この講演の翻訳は明治学院大学言語文化研究所紀要『言語文化』に掲載予定である。刊行された折にはじっくり読んでみたいと思う。

 パネル・ディスカッションでは、シェーンベルクとケージ以前/以後のアメリカ音楽との関係をめぐって、パネリスト諸氏が各々の専門を活かした非常にユニークな報告を行った。佐野光司氏は、ケージがシェーンベルクに師事する以前に既に25音からなる音列技法を用いていたことを指摘した。ジョエル・フェイギン氏は、R.セッション、H.カウエル、M.バビットらアメリカ人作曲家によるシェーベルク受容について報告した。沼野雄司氏の報告はシェーンベルクをアメリカに紹介した人物の1人、E. ヴァレーズとシェーンベルクとの交流について。石田一志氏の報告はアメリカに亡命した晩年のシェーンベのハリウッドでの生活や交友関係といった、伝記的なアプローチのものだった。通訳も担当した川本聡胤氏は、フリー・ジャズやプログレッシヴ・ロックといったポピュラー音楽に見られる間接的なシェーンベルクの無調や12音技法の影響をいくつかの楽曲を例にして考察した。

 前半のネフ氏の講演と、後半の各パネリストの報告のどれもが非常に有意義だっただけに、時間の都合上、ディスカッションが白熱する以前に会全体を終わらさざるを得なかったようだ。この点が唯一の心残りである。今後、このような企画が行われる場合は、充分な議論を持つことができる時間配分などをさらに工夫する必要があるだろう。しかしながら、再び記すが、非常に有意義な会であったことは確かだ。