日本音楽学会

東日本支部通信  8号電子版

2012年4月14日 第8回定例研究会 講師略歴 および傍聴記)

 

●ズビグニェフ・スコヴロン(ワルシャワ大学史学部音楽学学科教授)氏略歴

1979年にゾフィア・リッサ教授の指導のもとワルシャワ大学音楽学学科にて修士号を取得。同大学で文献学も専攻した他、ワルシャワ音楽院(現フリデリク・ショパン音楽大学)で音楽理論も学ぶ。1986年、博士号取得(ワルシャワ大学)。1984年、イタリア政府給費奨学生としてパレルモ大学に留学、1987-88年にはアメリカ学術団体評議会(ACLS)フェローとしてフィラデルフィアのペンシルベニア大学に留学し、レナード・B・メイヤーのもとでアメリカ現代音楽の研究を行う。1993-98年にはパリ高等師範学校(ENS)、ロンドンのロイヤル・ホロウェイ(RHUL)でもポーランドとアメリカの現代音楽に関する講義を行い、1994年に教授資格を取得した後、1999年より現職。

専門は音楽についての現代思想史、二十世紀音楽の理論と美学。ヴィトルト・ルトスワフスキの作品と音楽思想を主な研究対象としており、2003年にはバーゼルのパウル・ザッハー財団の助成を受け、同地でルトスワフスキの音楽論集および創作ノートの出版に向けた調査にあたった。またショパン関連の研究も行っており、ショパンの書簡集の全面的な新訂版『フリデリク・ショパンの文通、第一巻、1816-1831年』(Korespondencja Fryderyka Chopina, Tom I, 1816-1831、ワルシャワ大学出版会刊。日本語訳『ショパン全書簡1816-1831年――ポーランド時代――』岩波書店2012年刊)の編者の一人でもある。

主要な著書、編書に『20世紀後半の音楽のアヴァンギャルドの理論と美学』(Teoria i estetyka awangardy muzycznej drugiej połowy XX wieku, Warszawa, 1989)、『アメリカの現代音楽』(Nowa muzyka amerykańska, Kraków, 1995)、『ルトスワフスキ研究』(編。Lutosławski Studies, Oxford, 2001)、『ルトスワフスキの音楽論』(編訳。Lutosławski on Music, Lanham, 2007)、『古今の音楽文化から見るカロル・シマノフスキ』(編。Karol Szymanowski w perspektywie kultury muzycznej przeszłości i współczesności, Kraków 2007)『ヴィトルト・ルトスワフスキ 創作ノート Witold Lutoslawski: Zapiski Warszawa, 2008)、『ゾフィア・リッサ美学論集』(編。Zofia Lissa: Wybór pism estetycznych, Kraków 2008)などがある。

またショパン研究の第一人者として知られるジャン=ジャック・アイゲルディンゲルの著書『弟子から見たショパン』(Chopin vu par ses éleves, Fayard, 2006)、『フリデリク・ショパン ピアノ奏法のためのスケッチ(Esquiesses pour une méthode de piano, Flammarion, 1993)、ウィリアム・アトウッドの『フリデリク・ショパンのパリ世界』、カール・ダルハウスの『音楽美学』、エンリコ・フビーニの『音楽美学』などのポーランド語訳などを手掛けた他、ショパンの作品や手稿譜に関する論文も数多く執筆している。

数多い雑誌論文からは、ポーランド語以外の主要欧米語で書かれたものに限定して以下に若干を掲げる。

 

La musica nelCortigiano polaccodi Łukasz Górnicki: un confronto con l’opera di Castiglione, „Res Facta Nova” 2003 nr 6 (15), s. 91–100.

Music in the Mediterranean. In: History of Humanity. Scientific and Cultural Development. Vol. III – From the Seventh Century BC to the Seventh Century AD, ed. by Joachim Herrmann, Erik Zürcher. Paryó (UNESCO) 1996. s. 95–96.

Die Rezeption der deutschen und französischen musikalischen Avantgarde in Polen nach 1950. In: Deutsche Musik im Wegkreuz zwischen Polen und Frankreich. Zum Problem musikalischer Wechselbeziehungen im 19. und 20. Jahrhundert. Bericht der Tagung am Musikwissenschaftlichen Institut der Johannes Gutenberg-Universität Mainz 20.11 – 24.11.1988, ed. Christoph-Hellmut Mahling, Kristina Pfarr (Tutzing, 1996), s. 231–237.

Die Bedeutung der polnischen Kammermusik für die zeitgenössische Musik nach 1950. In: Aspekte der Kammermusik vom 18. Jahrhundert bis zur Gegenwart, red. Christoph-Hellmut Mahling, Kristina Pfarr, Karl Böhmer. Moguncja (Villa Musica) 1998, s. 159–171.

 

Die Wendung zur „Minimal Music” im Warschauer Herbst. In: Volker Kalisch (red.) Warschauer Herbst und Neue Polnische Musik. RückblickeAusblicke. Essen (Die Blaue Eule) 1998, s. 41–55.

The liberation of Sound, Time, and Space: The New Status of Musical Text in the Compositions of Earle Brown and Morton Feldman. In: Musik als Text. Bericht über den Internationalen Kongreß der Gesellschaft für Musikforschung, Freiburg im Breisgau 1993. Kassel (Bärenreiter) 1998. Band 2: Freie Referate, s. 583–588.

Ubu Rex” and the Theatre of the Absurd. Several Observations. In: Krzysztof Penderecki’s Music in the Context of 20th-century Theatre. Studies, Essays and Materials, edited by Teresa Malecka. Kraków (Akademia Muzyczna), s. 207–209.

Lutosławski’s Aesthetics. A Reconstruction of the Composer’s Outlook. In: Lutosławski Studies, edited by Zbigniew Skowron. Oxford (Oxford University Press) 2001, s. 3–15.

„An Essay on Musical Expression” (1752) Charlesa Avisona jako Ñwiadectwo kształtowania się nowożytnej koncepcji wyrazu w muzyce. In: Complexus effectuum musicologiae. Studia Miroslao Perz septuagenario dedicata, red. Tomasz Jerz. Kraków (Wydawnictwo Rabid) 2003, s. 525–533.

In Search of Chopin’s Immanent Aesthetic. The Romantic Background of some Narrative Elements in the Chosen Ballades. In: Chopin and His Work in the Context of Culture, red. Irena Poniatowska. Kraków (Musica Iagellonica) 2003, t. 1, s. 243–255.

 

Andrzej Panufnik’s Artistic Attitude and His Aesthetics. In: Andrzej Panufnik's Music and its Reception, red. Jadwiga Paja-Stach. Kraków (Musica Iagellonica) 2003, s. 24–42.

Trends in European Avant Garde Music of the 1950s and 1960s. In: Studies in Penderecki. Vol. II Penderecki and the Avant Garde, red. Ray Robinson. Princeton (Prestige Publications) 2003, s. 179–189.

Creating a legend or reporting facts? Chopin as a performer in the biographical accounts of F. Liszt, M. A. Szulc, and F. Niecks, in: Chopin in Performance: History, Theory, Practice. Materiały IV Międzynarodowej Konferencji Naukowej zorganizowanej przez NIFC w Warszawie, w dniach 2–4 grudnia 2004. Warszawa (NIFC) 2005, s. 9–23.

Imitation et expression: la musique dans „Réflections critiques sur la poësie et sur la peinture” de Jean-Baptiste Du Bos (1719). In: Jacqueline Waeber (red.): La note bleue. Mélanges offerts au Professeur Jean-Jacques Eigeldinger. Berno (Peter Lang – Editions scientifiques internationales) 2006, s. 191–200.

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傍聴記(執筆:福中冬子)

 

ショパン書簡の新訂版である『ショパン全書簡1816-1831年――ポーランド時代――』(岩波書店)の刊行を機に来日したポーランドを代表する音楽学者のひとりズビグニエフ・スコヴロンZbignievSkowron氏(ワルシャワ大学史学部音楽学学科教授)の講演会が4月14日行われ、スコヴロン氏が共校訂者・共編者として2000年代初めから携わる同著(全三巻、内第一巻は2009年に刊行)の概要および校訂作業に付随する問題点や理念などについて語られた。講演は英語だったが、事前に原稿が配られ、また同氏が非常に分かりやすい英語で話したため、参加者の多くは混乱なく内容を理解することができたであろうと思われる。

 現代音楽の研究者にとって同氏は、ルトスワスキーの研究者として広く知られ、2000年代前半からは、ルトスワスキーの一次資料を所蔵するザッハー財団からの委託で未出版資料の編纂・出版作業にも携わっていることはつとに有名であるが、その他にもレナード・マイヤーの音楽美学等に影響を色濃く見せる研究も行うなど守備範囲が広い。講演後に本人から聞いたところでは、本プロジェクト(共編者はZofiaHelman氏およびHanna Wróblewska-Straus氏)は誰からともなく話が立ち上がり、必要な予算は公的な助成金などに応募することで調達したという。

 講演ではまず、これまでに出版されたショパン「関連の」書簡(ショパンが書いたもの/ショパンに宛てられたものだけではなく、ショパンに関する書簡も含む)の概観が提示された。ショパンの書簡の刊行は1850年代にさかのぼる。ショパン書簡の一部が音楽雑誌上で発表された後、ショパンの伝記等における引用などを経て、二〇世紀に入るとそれらを補完する形でさらに多くの書簡が複数の研究を通じて発表されることになる。その流れは1955年にワルシャワで刊行されたBronislaw Edward Sydow編による書簡集でひとつの頂点を迎える(日本の研究者の多くが何らかの形で使ったことのあるアーザー・ヘドリーによる英訳はスコヴロン氏によれば正確なものではないとのこと)。その後ショパン研究で名高いKrystynaKobylanska1972年にショパン書簡集を、81年には全2巻からなるショパン・サンド書簡集を出版している。

 スコヴロン氏が共編した新訂版は、これら既刊のエディションすべてと、それらの刊行以降に新たなに発見された自筆書簡(ショパンが書いたものやショパンに宛てられたものに加えて、ショパンに言及されているものを含む)を精査した上で編纂されたものである。これらに加え、文脈を読み解く目的で当時発行された雑誌記事等も広く検証されたことが氏によって強調された。このことからも、本プロジェクトが如何に網羅的かつ骨の折れるものであったか窺えるが、実際第一巻の刊行は本来ならば2000年代半ばを予定していたらしい。

 ショパン書簡集の刊行史に触れたあと、氏の話は検証・編集作業にあたって直面した問題点などに移った。例えばスコヴロン氏は1877年から82年にかけて刊行されたMaurycyKarasowski編の書簡集を大きく参照したということだが、Karasowskiによる書き換えやパラフレーズは――自筆書簡そのものが存在しない場合は特に――多くの困難を生んだ(ショパンの手紙のなかには数々の歴史の節目の混乱の中紛失したものや、あるいは故意には破棄されたものが含まれる)。またスコヴロン氏は、同じKarasowskiによる版においてエディション間に食い違いがある点も指摘し、そのような場合は詳細な注釈を加えたと言うことである。

 今回の新訂版では書簡はすべて年代順に並べられ、手紙自体に日付がない場合は消印を参照する、あるいは既刊のエディションを参照するなどの標準的な手続きが行われたとのこと。また書簡が外国語で書かれた場合は、オリジナルの言語とポーランド語訳との2言語で表記され、その訳も新たになされたものが多数ある、ということだった。それぞれの手紙は筆者、受信人とその住処、そして手紙が書かれた場所の表記があり、テクスト本体に続いて典拠の表記、という形をとる。氏が特に強調したのは――既刊の書簡集との差異化を図るうえで特に重要な点であろうが――ショパン特有のシンタックスや言葉使いを出来るだけ尊重した、ということだった。これは監訳者である東京外語大の〇〇氏も指摘していたが、ショパンは言葉を創りあげる傾向があったということで、そのような特殊性に手を付けないことでショパン・テクストの「文学性」のオーセンティシティを保持した、ということであろう。

 この最後の点とも関係するが、スコヴロン氏は幾度となく強調したのは、同氏にとって書簡は単なる史的事象のドキュメントではなく、ショパンの人となり忠実に(再)構築するための根拠である、という点だった。今回の新訂版から見える「新しい」ショパンを形容するにあたり、スコヴロン氏は幾度となく「情熱的」や「怒りに満ちた」という表現を使ったが、それはこれまでの女性的で繊細なショパン「神話」を大きく塗り替えるかもしれない。

 講演後の質疑応答では2,3の興味深い質問がなされた。