日本音楽学会過去の全国大会第49回(1998)>研究発表C要旨


日本音楽学会第49回大会

研究発表C要旨


C-1 貫 行子 野村 忍 
   ヒーリング・ミュージックのストレスホルモンへの効果
       −心理学的調査と内分泌学的実験を通して−


[目的]
 ヒーリング・ミュージックと名づけられた多様な音楽が存在しているが、学術的に検証されたものはほとんどない状態である。そこで今回ヒーリング・ミュージックの定義を求め、まずヒーリング・ミュージック聴取時の「癒やし」に関する心理学的調査と、音楽聴取による内分泌学的反応実験により、その効果を検証する。

[方法]
 ヒーリング・効果があると考えられる、世界の音楽8種を20代と50代の健常な被験者30名に聴取してもらって、「癒し」の視点から心理学的調査を行った。「好きー嫌い」など18の形容語対を7段階尺度で評定してもらい, 評定値を因子分析した。次に、その心理学的調査で上位に選抜されたヒーリング・ミュージックを聴かせて、生体の防衛機構として作用する血中のストレスホルモンの変化を測定した。指標はカテコールアミン、ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)、コルチゾールであり、男女10名の安静時、音楽後、安静時3回の採血(留置法)による血中ホルモン濃度を比較した。

[結果]
 心理学的評定値を因子分析した結果,3因子を抽出した。第1因子は「おだやかな」「やすらぐ」等8形容語対が属しこれを「弛緩」、第2因子は「活動性」、第3因子は「評価」と命名した。ACTHの平均値の推移は、音楽聴取直後に安静条件より有意な低下を示した。コルチゾールは安静条件よりも音楽聴取直後、終了後安静時において有意な低下を示した。アドレナリン(エピネフリン )は、グラフ上は音楽聴取直後、終了後安静時に低下を示しているが、有意差は認められない。ノルアドレナリンは有意差水準を示した。ドーパミンは有意差は認められなかった。

[考察]
 今回の研究で、音楽聴取により代表的なストレスホルモンの有意な低下、あるいは低下傾向が認められたことは、音楽療法によるリラックス効果を生化学的に検証できたと考えられる。ひいては免疫機構にも好影響を及ぼすことが予測されよう。 年代別の印象評定の違いや、性差、心理的評定とストレスホルモン変化量との相関についても考察する。 




C-2 弥富有紀
    音楽の療法的機能について
      -ランガーのシンボル理論を援用して考える-

 音楽の療法的応用において、特にその意義が認められるのはコミュニケーション機能の回復に対する役割であろう。「音楽は感情の言語である」と語られるように、音楽療法においても言語による意志疎通が困難、あるいは不得意であるクライアントのための「非言語的コミュニケーション(Nonverbal communication)」の手段として音楽は有効だとされる。このように、音楽をコミュニケーションの第一の担い手である言語と対立的、並列的に配置し、言語に代替しうる機能を持つものとして捉えられることの根拠は何なのであろうか。また、音楽が言語の代わりに機能することは可能なのだろうか。この発表では、音楽と言語の機能をシンボル理論から考察したS・K・ランガーの理論(「Feeling and Form感情と形式」他)を手がかりに、この問題を考察する。

 ランガーはシンボルを”論弁的(discursive)シンボル”と”現示的(presentational)シンボル”の二つの型に分けて考えるが、この分類を通して、「現示的シンボル」としての音楽は言語のように我々に直接語りかける形で、具体的なある特定のことを(翻訳可能な形で)伝えたりすることは無いことを示す一方で、音楽は音を文節的に時間的なつながりの中で構築することにより、象徴化された抽象的な意味や感情を、模倣、あるいは換気し、それを聞き手に伝えていく機能を持つ、とした。

 これら、ランガーの説く音楽の機能を通して、音楽の療法的な意義、特にコミュニケーション機能回復(ないしは補完)の機能の理解を進めてみたい。


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